Saturday, February 27, 2010

[台北] 路上の演劇 - 歌仔戯

もう一月ほど前になりますか、住まいの裏通りに仮設の舞台がつくられました。布袋戯(ポ一テ一ヒ一)か歌仔戯(コ一ア一ヒ一)が催されるようでした。このふたつ、台湾・大陸福建省あたりでよく見かける大衆芸能の一つです。布袋戯は人形芝居、歌仔戯は台湾オペラ。

数日がたち、日が陰りはじめる時間に部屋の外から賑やかな笛や太鼓、それに独特な歌い回しの歌曲が聞こえてきました。外にでてみると、路上に構えた舞台で華やかな民族衣装で着飾った芸人が演目をこなしています。人形芝居ではなく、台湾オペラの歌仔戯です。路の反対側には仮設テントにテーブルが用意され、人々が加わり、宴たけなわです。これが五日間ぐらいも続いたでしょうか。

隣人に聞いてみました。「誰が主催しているんですか?」。

裏通りのビル一階に間口の小さな一角、そこに廟が設えてあります。その廟が、ご利益がありますようにと説いて参加者を募り開いているのだそうです。何がしかのご布施をし、ともに会食し、台湾オペラを観劇するというわけです。

私が初めて台湾オペラを見たのは、そう、二十数年ほど前のことでしょうか。台湾国内を北から南へ旅する先々で布袋戯や歌仔戯を見かけました。まさかいまどき、現代都市に変貌した台北市内の、それも目抜き通りを一本だけ入ったところで目にしようとは思いもしませんでした。

台北市内には今でもたくさんの廟があります。ほぼ一街区に一つはあるのではないでしょうか。そしてこれらの廟が土地開発の際に動かせない、移動させられない、未来永劫土地の守り神であり続ける、かのようです。仕事柄、土地開発の計画地内、もしくは隣接して廟がありますと、そこをうまく避けながら、うまく取り入れながら計画しなければなりませんでしたね。

Sunday, February 21, 2010

[台北] 管理人・楊さんからの贈り物

私が住んでいるマンションの管理人は楊さんといいます。一階の、小さな小さな管理室が彼の仕事場です。新聞社の印刷部門を退職後、しばらくしてここを仕事場に選んだそうです。楊さんの仕事場からは、マンションの出入り口が見渡せ、そして脇にエレベーターがあり、住民の動向や出入りする人間を見続けてきたことになります。

十年もそこに陣取っていればちょっとした小説が書けるぐらいになっているわけです。話好きな我が隣人が楊さんの取材を重ねては私に話してくれます。ここで語るにはちょっとその方々の深い深いプライバシーに立ち入ることになりますんで、一つだけ。

ある階のある部屋のあるオバサンはご老人相手に媚薬を授けているとか。ある階のある部屋のあるオバサンは久しくご無沙汰だったんで楊さんに頼み込んだそーで、でも丁重にお断りしたとか。ある階のある部屋のあるおねーさん、彼氏が大陸に出かけたまま戻らない、で彼氏の衣服など一切合財をゴミ置き場にほおり投げて引っ越していったとか。一つだけではなかったですね。

そう、ゴミ置き場の管理と始末も楊さんの仕事の一つなんです。ゴミを分別する、分別してゴミ収集車まで持っていく。ゴミの分別をしていると、信じられないようなゴミがでてくる。これがゴミかという類ですね。先ほどの彼氏の衣服もそうです。彼女にとって、大陸で新しい情人をつくっていること疑いなしと、頭の中も心の中も彼氏はゴミ屑でしかなくなっていたんでしょうね。

他にもまだまだ使える小物、陶器磁器、家具。そのなかから、私が灰皿代わりにいただいたのが魚を模した小皿。釉薬が一部かかっていないハネモノですが、形といい、色合いといい、申し分ありません。楊さんからの最高の贈り物でした。人間もそうですが、モノってそれを手にする人により活き死にするもんですね。

Sunday, February 14, 2010

[中国北部] 一枚の写真

一枚の写真があります。二年ほど前、廈門滞在時に中国のブログを覗いていた時に見つけたものです。「ただただ涙 - 貧乏人の子供たちの真の生活 - 感じずして人でなし」とタイトルが付いていました。二十枚ほどの組み写真で、コメントは一切入っておらず、引用なのか本人が撮影した写真なのかもわかりません。

中国北部と思われる寒村、冬が背景、村の数少ない樹木には葉一枚足りもなし、家屋は日干しレンガを積み上げただけ、そんな村の学校に通う生徒たちの点描写真。どの子どもたちもほっぺは真っ赤、手はあかぎれ、鼻水も。意識的なのかわかりませんが、涙を流している子供を撮影したものが多くありました。テーマを強調したかったのかもしれません。そんな中、ここにあげた少女の写真が深く記憶に残りました。

賞状、粗末ながら乱れのない服装、髪はほこりでまみれているようにも見えます。彼女はしっかりと立ち、賞状の両端を広げ、それを軒先に座っている父親に見せています。少女の顔からはなにも読み取ることはできません。しかし凛とした感が伝わってきます。私には彼女がとても美しく見えました。愛おしくも感じました。私は貧困を強調することは好きではありません。この一枚の写真が証明してくれていると思いました。

今日は農歴の正月、この村の子供たち、そして写真の少女はどう過ごそうとしているのかとても知りたくなっています。

[掲載先:齐鲁小农的图库  http://tomcatjerrymouse.blog.163.com/blog/static/45104320072133616404/ ]

Friday, February 12, 2010

[台北] 「紅」色

スカイプの友たちの姿が画面から消えた。

いよいよ漢人たち最大のイベントが始まります。農歴の旧正月が目前なのです。大陸では仕事場からスカイプしていた連中もきっと皆里帰りを始めたのでしょう、彼らがグレー表示に変ったままです。しかし街中はきっと「紅」いろ一色でしょう。「紅」色なくしてこのイベントは成り立ちません。この紅色、国が定めた色でもあるんです。おおきくは「大紅」、国家レベルで使用している色、そして「小紅」、一般的に使われている紅色。中国のサイトなどで注意して見てみると分かるはずです。

それだけ重要な色だけに、中国語のなかで使われるといろいろな意味合いを帯びてきます。たとえば......

紅 [hóng] 
 1. red    色まさに紅
 2. popular    大衆的
 3. bonus    紅包
 4. successful    成功
 等々

2の "popular" は由来がわからないのですが、どこか社会主義国的に翻訳されている気もします。
3の "bonus" 紅包 [hóngbāo] はお年玉、謝礼などの意味。紅色の封筒に入れて手渡すことからきています。
4の ”successful” 成功、成功者などを表現するときによく使います。

「你 ( nǐ ) 紅的!」と言われれば「おまえやったな!」って感じで羨ましがられるでしょう。「最紅的小姐」なら「最も売れっ子の女子」。写真の女子ならば「中国最紅的人体模特」・「いま中国で最も人気のある人体モデル」となります。

しかしこの写真、モデルもさることながら赤が実に美しい。

Thursday, February 11, 2010

[台北] "つぶやいて"います......

シンさんからメールが届いた。前回返事を出さなかったので、もしや何かあったのでは、などと気を回されたとも思えませんが、知人への消息を怠ってはいけません。返事を書いていていて、ついでにこのメールをブログしてしまえと、シンさんに無許可で上載しちゃいます。

シンさんへ:

あさってが農歴の大晦日、そして九日間の休日の始まりで、街中はその準備中、ジジは暇を持て余しておる。町中から若いお嬢の姿が消えてしまうのが何と言ってもさびしい。さらなる問題は食い物の確保だ。

常日頃贔屓にしている素食屋も五日間のお休みだというので、テークアウトしては冷凍庫に詰め込んでおる。店のおバンが聞くんですね、「そんなに買い込んで家族の分?一緒に店に来ればいいのに。味が落ちますよ」。適当に答えておきましたけどね。寂しい限りであります。

メールの文面から、ブログの更新が途絶えているので、もしやわがジジの身に何かあったのではとご心配いただいたかどうかわからぬが、肉くらわねば、恐らく、体調はいいと勝手に決め付けております。クソ色も肌の色もよいのであります。

twitterという流行り言葉はお聞きになったことがあるかと思います。これが携帯からも手軽で気楽でなにも返事を期待しているわけでもないものの、動画も静止画もアップでき、最近は手持ちの収蔵写真、とくに大陸関係のものを投稿してご覧いただいておる。いまのところ、大陸ではtwitterが繋がらないこともあり、問題と思われる写真など掲載しても特務機関から追及されることはないだろうと、そちらのほうに力を入れている次第であります。アタシのブログの右側サイドバーにtwitter欄がありますので、ご参考あれ。

前回いただいたメールで話題にされた、廈門へと逃避したジジイですが、大陸では大ボラでなければ生きていくのもままならず、そのスタイルは彼の最も得意とするところであり、以前にまして口先が滑らかなようです。どっこい生きているようでありす。

春節の間は運動不足解消に町中の公園めぐりでもしてみるつもりです。板橋の林家花園を覗くもよし、茶館でネットもよし、気分転換の一週間にいたします。

ではでは・・・ 明日が大晦日な台北にて ジジ

[写真:先月廈門には小三通を利用した。国内線で金門島に。ターボプロップの小さな旅客機から降り立ち、ターミナルを背にするとこのような風景。]